げんさんのほげほげ日記

その日に感じたことや、これまで考え続けてきたことなどを 徒然なるままに綴っております(雑話的なブログです)。 好きな読書を通じた、こんな本もありますよ~といった紹介や、 これまでの旅の思い出などにも触れていけたらな、と思っています。 (ブログの機能なども日々勉強中!)

名古屋へ出張!(末森城跡、岩倉城跡、沓掛城跡…小さなお城めぐり♪)

沓掛城跡をパシャリ♪真夏のような暑い一日でした。かつて今川義元公はこのお城から桶狭間へと向かったのでありました…

今日の東京は一日曇り。最高気温も25度ほど。

あんなに暑く晴れた日が続いていましたが、梅雨が戻ってきました。

一旦消えた梅雨前線も復活したそうです。

そんなこともあるんですね…しみじみ…。

週明けには台風がやってくるとか。

来週北海道に出張なんですけど…大丈夫かしら♪

(なんてちょっと呟いてみました…えへへ😊)

 

前回こちらの記事で名古屋への出張の風景をご紹介しました。

genta-san.hatenablog.com

本日はこの旅の続き。

おしごとの合間に小さなお城をいくつか巡った旅をご紹介したいと思います。

名古屋に着いた翌朝、ちょこっと早起きをして、末森(すえもり)城跡を見て

きました。織田信長のお父さん、信秀公が最後に在城していたお城です。

始発の名古屋市地下鉄に乗って、覚王山駅で下車。

名古屋の繁華街の栄駅から10分ほどで着きました。

駅からトコトコ歩いて行ったその先に…。

静かな住宅街の一角に鳥居さんが見えてきました。

城跡は神社さんになっています。その名も城山八幡宮。お城があったところはよく

城山って呼ばれたりしていますよね。

末森城を紹介する案内看板もありました。

今川方へ睨みを利かせるために築かれたお城だったようです。

さぁ、階段を登っていきましょう!

一旦登り終えた先に…空堀跡のご案内が。紫陽花さんがきれいでした♪

さぁ、本丸跡までもうちょっと。階段はちょっと急だったかも…。

橋の上から空堀跡を眺めて…しっかりした堀跡でした。

次の階段を登り終えると、そこは本丸跡…遠くに神社さんの本殿も見えました。

まずはおまいりいたしましょう!

立派な御門が…おじゃまいたします。

本殿さんを。狛さんも凛々しく…時刻は6時過ぎ。静かにおまいりをして…本日のご縁

に感謝申し上げました。

本丸跡から東の方を眺めて…お城が高台に位置しているのがよくわかります。

本丸跡は平坦でかなりの広さがありました。これなら信秀公の館もしっかりしたものが

建てられたかも…なんて想像するのもまた楽しいです♪

振り返って、本殿を眺めて…。往時はどのような風景だったのでしょうね。

信秀公の居城だけはあります。信長公の弟、信勝(信行と呼ばれることもありますね)

どのはこの城で信秀公と一緒に暮らしておりました。

”ワシこそ織田家を継ぐ者…”と思っていたのかしら…。

当時の戦力、兵種ではこの高さの城を攻め落とすのはなかなか難しかったのでは…。

周囲は開けていて、かなり遠くまで眺めることができました。

城址の碑もありました。1548年に築城、信秀公は1552年にこの城で亡くなり

ましたので、在城したのは4年ほどになりますね。

この城は信長の弟、信勝が受け継ぎましたが、皆さまご存じの通り、信勝は信長との

戦いに敗れ、1558年に清洲城で謀殺されることになります。

主のいない城は…ということかもしれませんが、末森城はその翌年廃城になったと

いわれています。

さぁ、お宿に戻って朝御飯にしようかな…そろそろまいりますか。

階段を降りる手前でふと西の方角を見ると…不思議な建物さんが…。

近づいて写真を撮らせてもらいました。昭和塾堂という建物だそうです。

昭和3年建築。その後愛知県から城山八幡宮さんに払い下げられました。一時は愛知

学院大学さんが利用していたそうです。今は使われておらず、敷地内には入れません。

(立派な建物でした。維持管理するのは大変でしょうね…)

さぁ、階段を降りましょう!ここに城があれば、遠くから敵が来ても見えるかな…。

その日のおしごとを無事終えました。その夜は高校時代の友人と会うお約束…。

お店に向かう道中で人だかりが…おおっ、こんなイベントが!

名古屋の街って何だか元気ですよね~♪

友人とは1年ぶりの再会。1軒目の栄ホルモンさんで新鮮なお肉をたらふく食べた後

に向かったのは…。

伏見駅の近く、どて焼きの名店、島正(しましょう)さん。友人曰く、八丁味噌のおで

んの聖地なんだとか…。

カウンターだけの小さなお店。たまたま席が空いていました。混んでて、地元の人でも

なかなか入れないそうな…(ラッキーですね♪)。

おでん、めちゃめちゃトロトロ…味噌とよく合います。お店の看板、ダイコンはおひと

り様1つまでしか注文できませーん♪

ビールと共にハフハフ言いながら、美味しくいただきました。

楽しい夜でした。お互いに”またねー♪”と笑顔で駅で別れました。

(出張先で旧友と再会するのも良いものですなぁー。実は帰りの新幹線でも車中で

 この友人とバッタリ会って、お互いにビックリしたのであります…ほほほ)

翌朝もお城めぐりへ。目指すは岩倉城跡。名鉄犬山線の始発電車で向かいました。

名古屋から15分ほどで岩倉駅に到着です。名鉄電車の赤色って結構好きです♪

早朝のお散歩ですね。さぁ、歩いていきましょう!

道中のお店の壁に桑田さんが飾られていました…なぜ?(思わずパシャリ♪)

線路沿いの道を進んで向かったのは誓願寺。お寺の境内に織田信安公夫妻の墓が

あります。

お寺さんを正面から…早朝のお寺さんは静かで落ち着きますね。

立派な御門です。さぁ、中へ入りますか。

門扉に織田家の家紋「木瓜もっこう)紋」がありました。

静かな境内…早朝から失礼します…。

織田信秀公が健在の頃、尾張は上四郡を織田伊勢守家が支配し、下四郡は織田大和守家

が支配していました。織田信安公は織田伊勢守家の当主。岩倉城を居城としていました

(信秀公は織田大和守家の三奉行のひとりでした…)

信秀が死去した後、信安は信長の弟、信勝と手を結ぶなど信長と敵対することになり

ます。その後、家の家督相続で揉め、後継者を長男から次男に替えようとして、逆に

長男から追放されてしまいます。

岩倉城の歴史を調べていたら、そんなことを知りましたので、ちょっと寄ってみよう

と思った次第で…😊

(織田だらけで、ちょっとややこしかったですね~テヘヘ♪)

その後も岩倉城跡の大手口跡を見たり…

城の東側の堀跡を見たりして…

そうこうしているうちに…岩倉城跡に到着しました。

小さなスペース、何だか小さな公園のようです。

城跡を案内する看板もありました。

最後は信長に攻められ落城しますが、二重の堀を持った相応の規模のお城でありました

どのような街並みが広がっていたのでしょうね…尾張は豊かな国でしたから。

今は静かに碑が佇むのみ…盛者必衰の理なり…時はただただ過ぎていくのみ…。

お隣りには日露戦役の碑が!(元帥侯爵大山巌書…って書いてあるー♪)

小さなお城跡ですが、岩倉城跡も訪ねてみたいなぁ…と思っていたお城。今回訪ねる

ことができて嬉しかったです。今は住宅街の中の一角ですが、往時、この城の周囲には

どんな風景が広がっていたことでしょう…(そんな想像をするのもいいですねー)

もう少し散策しながら…駅へと戻りますか。

お城跡から北へ少し歩くと、小さなお社さんがありました。

お名前は黒龍大権現さん。黒龍となった大蛇さま…水が豊かな土地ならでは…のお話

ですね。

静かにおまいりさせていただきました。本日のご縁に感謝です。

更に北へと歩いていくと…。

むむむ、神社さんへの入口が…行ってみましょう!

お社さんのお名前は神明生田神社さん。山内盛豊により勧請…山内盛豊…はて…?

境内に舞台のようなものがありました。不思議な造りですね。

舞台を正面から眺めて…こちらで奥の本殿に参拝するのですね…面白い造りです!

そばにこのような案内が…大河ドラマ功名が辻」でも取り上げられた山内一豊公の生

誕の地なのだそうです。山内盛豊公は一豊のお父さん。盛豊は先程の岩倉城跡の城主、

織田信安の家老でしたが、信長との戦いで岩倉城跡が落城した際に戦死しています。

本殿の横には山内一豊誕生地の記念碑もありました。

本殿を横から…立派なお社さんでありました。

さぁ、そろそろ時間ですね。駅へと戻りますか。本日はありがとうございました!

駅の案内看板をパシャリ♪ 早朝のちょこっとしたお散歩でありました。

お宿に戻って朝御飯だよーい。グラノーラ、初めて食べてみました(お味、よくわか

らなかった…テヘヘ♪)

その後、おしごとも無事終えて、ついに東京へ戻るときが来ました。

はい、勿論そのまま帰ることはせず!もうひとつ、お城を見てから帰りましたー😊

向かったのは豊明市にある沓掛城跡。桶狭間の戦いの前日に今川義元が宿泊したお城

といわれています。

お城の最寄り駅は名鉄線の前後駅。名古屋駅から急行で20分ほど。

前後駅からバスに乗って二村台七丁目バス停で下車。そこから長閑な小道を歩いて、

20分ほど歩くと…

沓掛城跡に到着です!城址公園として整備されているのですねー。

城跡の案内看板もありました。

義元公が宿泊しただけはあって、相応の広さを持つお城だったようですね。

いつも思うのですが、義元はなぜ桶狭間へと向かったのでしょうね。本当に大高城へ

入るつもりだったのでしょうか。鎌倉街道をさっさと鳴海方面へ向かえば良かったと

思うのはワタクシだけ…?!

(兵力に圧倒的な差があったなら尚のこと…もちろん歴史にIFはありませんけれど…)

ではいざ、城内へ…入城いたしましょうー!

お堀跡もしっかり残っておりました。

振り返って公園の入口を…トイレもあります。

広い敷地が…こちらが本丸跡。夏の虫さんたちが大合唱…東海地方は梅雨明けしていた

のですよね…。

城に泊まったとき、義元公はまさか翌日に自分自身が討ち死にするなんて思ってもいな

かったでしょうね…。

今川時代は近藤家。織田時代は簗田出羽守へ。簗田出羽守政綱は桶狭間の戦いの時に

戦功があったといわれていますが、戦後に沓掛城を与えられたことから考えると、

このあたりの地理にも詳しかったのかな…ふとそんなことを思ったり…。

車が止まっているあたりが二の丸跡なのかな…。

こちらはお城の反対側。城址公園の入口は2か所あります。

何となく往時の面影が…。

少し歩くと…長閑な風景が広がっていました。往時はどんな風景だったのかなぁ…

再び公園内に戻ってベンチで休憩。この日の最高気温は36度。蒸し暑い日でした!

(ドリンク飲んで休まないと危ないわ~♪♪)

少し高いところに平場も…諏訪曲輪ですね。

さぁ、まもなく夕暮れ。そろそろおうちへ帰りましょうか。

虫取りをしている少年が「こんにちは!」と元気に挨拶してくれました。

沓掛城跡は一度訪ねて見たかったお城でした。ここから義元公は桶狭間へと向かった

んだ…と。ちょっとした気持ちに浸ることができて嬉しかったです。

歩いて、そしてバスに乗って前後駅へ。再び名鉄線で豊橋駅へと向かいました。

東京駅まではこだま号でのんびり旅です。この度の出張、たいへんおつかれさまでした

…ということで、北のサングリアサワーで乾杯♪♪

晩御飯代わりにお稲荷さんを…豊川稲荷はお稲荷さん発祥の地ですよ~!

(味がしみていて、美味しかったです♪)

夏至を過ぎて日が短くなってきましたね

夕暮れの浜名湖をパシャリ♪まもなく日も暮れました。

2泊3日の名古屋出張。おしごとも無事に終わって良かったです。

そしてー!小さなお城さんも多かったですが、見たいと思っていたお城さんを見ること

ができて良かったです😊

今回も写真が多かったですが、最後までご覧いただき、ありがとうございました。

また旅に行くことがあれば、お写真とともに旅の思い出をご紹介したいと思います。

 

今日は名古屋へ出張!小さなお城跡を訪ねた思い出を振り返った一日でした。

 

ではでは!

最後までご覧いただいてありがとうございます! お礼申し上げます!!  

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