げんさんのほげほげ日記

その日に感じたことや、これまで考え続けてきたことなどを 徒然なるままに綴っております(雑話的なブログです)。 好きな読書を通じた、こんな本もありますよ~といった紹介や、 これまでの旅の思い出などにも触れていけたらな、と思っています。 (ブログの機能なども日々勉強中!)

旅の思い出~その32~ふらりと出かけた関西への旅・後編(湖西線に乗って湖北へ、余呉湖、米原・蓮華寺、浜松城を巡って…)

早朝の余呉湖…周りの山々も湖面も霞で覆われ、神秘的な風景でありました…

2月もまもなく終わり…。

時に暖かな日もありますが、まだまだ寒さが厳しいですねー。

それでも街中には梅の花を見かける機会も増えて、春が近づいていることを感じます。

毎年、春になると無性に旅に行きたくなります。あぁどこかへ行きたいなぁ~。

はい、そんなときは以前旅した思い出を振り返るのが一番ですね♪

今回は以前こちらでご紹介しました関西への旅の続きになります。

genta-san.hatenablog.com

お宿は新大阪でした。翌日は青春18きっぷを利用して、

東京まで各駅電車で帰りました。

新大阪から京都を経て、その後湖西線で琵琶湖をぐるっと北回り…

道中、余呉湖、米原に途中下車。

米原からは東海道線をのんびりと東京へ…浜松でも途中下車して、浜松城を訪問。

今回はそんな旅をご紹介したいと思います😊😊

早朝に新大阪を出発!駅前で大きな「おおきに!」の看板が見送ってくれました♪

関西、いいですね…いつも訪ねるとホッとするワタクシがおります。

(ワタクシ、子供の頃暮らしていたからもしれません…)

ホームで電車を待っていると、紀勢線の特急列車が…このフォルム大好きです。

新快速がやってきました。めっちゃ速いので大好きです。

関東でも新快速を走らせたらいいのに…(乗る度にいつもそんなことを思います♪)

京都を過ぎて、湖西線に入りました。

訪ねたのは1月。比良山脈には雪が積もってました

琵琶湖からお日さまが昇るのですね…。

古くは淡海(おうみ)の海とも呼ばれていたのですよね…ホント海ですなぁ~。

比良山脈が迫ってきました。迫力あります。

琵琶湖にも砂浜があります。海水ではないので、(海水浴場ではなく…)水泳場と

呼ばれております。

琵琶湖の西岸を廻るので「湖西線」なのですよね…。

(あ、当たり前やんけー!なんて言わないで♪)

湖西線は全線高架。琵琶湖のそばを走るので子供の頃から大好きな路線でした。

(あっ、鉄ちゃんですね♪ 東海道線から琵琶湖はほとんど見えないので…)

この日の予報は曇り時々雨。何とか晴れて良かったです(嬉しい…)。

近江塩津駅に到着しました。米原から北上する北陸本線と合流します。

ここで乗り換えです(新快速さん、ありがとう~また乗りに来ますね😊😊)。

ホームへ降りると寒い!気温が違う!雪が残っているのも納得です…。

ホームへ続く通路をパシャリ♪ 吹雪くときは吹き込むのでしょうね。

待合のベンチは通路にありました。

時間がありましたので、改札近くの待合室で待つことにしました。

改札からホームへの通路を…まるでトンネル。頑丈な通路でした。

(雪が多いお土地柄ならではですね)

米原方面の電車がやってきました。

(あっ、また新快速だー!でも米原までは全駅停車します…)

本日最初の訪問地は余呉湖。

古くは天女が舞い降りたとの伝説もある湖です。

はるか昔ですが、学生の頃に一度訪ねたことがありまして…

(あー、何十何年前のころでしょう~♪)

その時、湖面が静かですごく素敵な湖だなぁ~と感動した思い出があります。

さすが鏡湖と呼ばれるだけはあります…いつかまた訪ねたいと思っていたのです。

余呉湖の最寄り駅はその名も「余呉」駅。近江塩津の次の駅になります。

小さな可愛らしい駅でした(駅員さんもいらっしゃいました)。

駅前にはいくつか案内看板がありました。

戦国時代に羽柴秀吉柴田勝家が天下の覇権をかけて争った「賤ケ岳の戦い」は

この地が舞台でした。

(はるか古代には余呉湖は琵琶湖とつながっていたそうです…)

こんな看板も…余呉駅にはレンタサイクルのサービスもあります。

季節が良ければぐるっと湖を一周してもいいかな…とも思いました。

余呉湖を一周する遊歩道から。湖までは駅から歩いて10分ほどです。

今日は靄がかかり…時々晴れ間も出ていました。

(湖北は雨の予報だったので本当に嬉しい…おそらの神様に感謝です!)

湖のそばにビジターセンターがあります。天女さんのモニュメントが…

ビジターセンターのすぐ近くに天女が羽衣をかけたと伝わる柳があったそうです。

(東京に帰ってからそのことを知りました…あぁ、知っていたら写真撮ったのに!)

賤ヶ岳の戦いの古戦図もありました。

羽柴秀吉本能寺の変のときも大返しをしましたが、ここでも大返しをしたのですよね

美濃大返しと呼ばれております。

岐阜城からここまでの50キロの道のりを5時間で移動したそうな…

 めちゃめちゃ速いですね…柴田軍はさぞかしびっくりしたことでしょう)

余呉湖はワカサギ釣りのメッカ。多くの方が竿を垂れていました。

(湖面が凍ることはあるのかしら…?)

ということで…ビジターセンターさんでワカサギの天ぷらをいただきました。

揚げたてのアツアツ…美味しかったです(300円でした)。

(ビジターセンターには食堂があります。朝から食事することができます♪)

鮒ずしも置いてあったのですが…最後まで買うかどうか迷いました😊

⇒さすがに道中持って行けないわ~♪

時間があったらワカサギ釣りもしたかったな…♪

さぁそろそろ、駅へと戻りますか。

余呉湖、懐かしゅうございました。前は夏の暑い日に訪ねたのですよね…。

冬もいいですね…滋賀県さんのHPがありました。よろしければどうぞ♪

www.biwako-visitors.jp

米原駅を目指します。電車の中で面白広告を発見!かばんは前で持ちましょうね~♪

(あっ、写真ちょっとボケてる?)

次に訪ねたのは米原駅から東へ2キロほどのところにある蓮華寺さん。

こちらも以前から訪ねたいお寺さんでした。

 

昨日歩きすぎたので足がまだパンパン…歩くのは断念して、タクシーでお寺さんへ。

10分ほどで蓮華寺に到着しました。さっそく巡ってみましょう!

聖徳太子の開山と伝わる歴史のあるお寺さんです。

(当初は法隆寺と呼ばれていたのですね!法隆寺、あちこちにあるっ!!)

鎌倉時代末期、足利尊氏たちが京都の六波羅探題を落とした際、六波羅探題北方の

北条仲時上皇天皇と共に鎌倉を目指し落ち延びましたが、蓮華寺のある番場宿で

野伏に行く手を遮られ(佐々木導誉の手の者といわれています)進退窮まり、

この蓮華寺で仲時以下主従430名が自刃しました。

昔、湯口聖子さんの漫画「風の墓標(北条仲時足利直義が主人公です)」を読んで、

一度、蓮華寺を訪ねてみたいと思っていました。

430名もの人々が自刃をすれば血の川になるでしょうね…。

みな自刃するということは仲時公はある意味、慕われていたのかな…

ふとそんなことを思いました。

(北条氏は内向きの権力争いは激しかったですが、政治は悪いものではなかったとも

 聞きますし…元寇がなければ北条氏の治世はどうなったかな…なんて思ったり♪)

 

こちらが本堂です。この前で430名もの方々が自刃された…ということでしょうか。

漫画「風の墓標」では、仲時は本堂の縁に座り「皆は生きよ…」と語りその場で自刃…

その後を従士たちが次から次へと自刃していく光景が描かれていました。

本堂の奥に北条仲時以下430名のお墓があります。

林の中、石段が続いていました。奥へと登っていくと…

430名の方々のお墓が…静かに眠っておられました。

石段を挟んで、お墓たちの向かい側に北条仲時公のお墓がありました。

(仲…と文字が刻まれていました)

石段は更に奥へと続いていました。

登り終えた先には祠がありました。

開祖、一向上人のお墓との案内看板がありました。

(本日の訪問に感謝を申し上げました)

上からお墓を眺めて…右側が従士の方々のお墓。左側に仲時公のお墓があります。

(林の中は静まりかえっておりました…)

再び本堂まで戻ってきました。

聖徳太子お手植えの梅もありました(古寺なのですね…)。

 

この後、お寺の住職さんが「本堂見てお行き…」と中に入れてくれました。

近江塩津駅で電車を待つ間、蓮華寺さんに「今日は拝観できますか?」と電話した

 からでしょうね…「いつ来るのかな?」と住職ご夫妻で待っていたそうです)

住職の奥様が本堂を案内してくれました。

お話を聞くと、北条仲時公以下430名の遺灰が残されているそうで(凄いです!)

年に一度供養しているとか。

歴代皇室、徳川家ともつながりが深く、本堂内に位牌がずらりと並んでいました。

蓮華寺さんは斎藤茂吉さんともご縁があるそうです)

30分ほど丁寧にご説明いただいて…奥さま、本当にありがとうございました。

檀家さんが12人しかいないそうで、お寺の維持も大変なんです…と話されていました

由緒あるお寺さん、どうか頑張ってほしいです。 

勅使門を本堂側からパシャリ♪ その名の由来は…

菊の御紋を拝領したとは…

そう言えば、タクシーの運ちゃんが「門に菊の御紋があるんだよね、気になっては

いるんだけどさー」と話していたっけ…。

本堂を正面からパシャリ…扁額を見上げると…

後水尾天皇の勅額だそうです。力を感じさせる扁額でありました。

 

滞在は1時間ほど。

帰りの道のりのこともありますし、そろそろ駅へと向かいますか。

住職さんと奥さまがニコニコしながら、手を振って見送ってくれました。

今日は本当にありがとうございました(来れて良かったです!)。

蓮華寺さんのHPはこちらです。よろしければご覧ください。

maibara-rengeji.wixsite.com

米原駅から電車をガタゴトガタゴト…

途中木曽三川を渡ったり…名古屋駅界隈を眺めたり…豊橋駅までやってきました。

豊橋駅で乗り換えの合間にちょっと遅めのランチです。

壺屋さんのおそば。豊橋駅に立ち寄るときはよく食べます。

(ダシが効いて美味しかったですー♪)

浜名湖を眺めて…(あっ、写真撮るの忘れました♪)浜松駅に到着です。

本日最後の目的地は浜松城。駅からバスで7~8分のところにあります。

入口からお城の遠景をパシャリ♪ 昨年末に天守閣が改修されて美しくなりました。

浜松市役所の隣りに浜松城公園として整備されています。

では天守閣へ向かいましょう!

大河ドラマ「どうする家康」も始まりましたね。

案内看板があちらこちらにありました。

2014年に復元された天守門。お客さんが多くて撮るのに苦労しました♪

(お休みの日でしたので、ご家族でいらしている方も多かったです)

浜松城は出世城と呼ばれています。今でいう出世ポストでしょうか…(あ、違う?)

⇒浜松は東海道の要の地ですので、相応の方が城主となられたのでしょうね…。

こちらが天守閣の入口。大人200円です。8時半から16時半まで入城できます。

お城は3階建てです。さぁ、入りましょう!

1階と2階は展示フロア。浜松城の歴史を紹介しています。

こちらは松平一族の紹介。家康が独立したのは桶狭間の戦いの後、岡崎城に入城して

からでした。

浜松城はいつ築城されたのかよくわかっていません。

今川家が遠江を支配していた頃は引間(曳馬)城と呼ばれていました。

城主は飯尾氏。桶狭間の戦い今川義元が戦死すると、遠江の情勢も一変します。

西からは徳川家康が…北からは武田信玄遠江をうかがうようになります。

1568年、家康は引間城を攻略、1570年に本拠地を岡崎から引間に移しました。

(引く…というのは縁起が悪いというので、このときに浜松と改名したとか…

 縁起を担ぐのは大切ですよね♪)

浜松を押さえた家康は武田信玄と同盟を結び、駿河の今川家を圧迫していくこと

になります。

大河ドラマ「どうする家康」もそんな流れなのかなぁ~あ、ワタクシ、実は

 今回の大河ドラマは見ていません~😊😊)

2階に出世城を紹介するコーナーもありました。

まだまだ続くのでこの辺で…天保の改革で有名な水野忠邦も城主を務めています。

3階に到着!お城の四方を眺めることができます。

こちらは三方ヶ原方面を…いい眺めでした(日が暮れてきたゾー!)

武田信玄に大敗して、三方ヶ原から浜松城まで逃げて来たのですよね…。

こちらは東の方向を…奥の木がこんもりと生えているところが引間城跡です。

(今川氏が統治していた頃はもっと小さなお城でした)

南の浜松駅方向を…左手は浜松市役所です。

今年は大河ドラマの年ですから、観光客も増えるかなー。

現存する櫓台をパシャリ!確か櫓台は上から眺めることしかできないはず…。

日が暮れてきましたので、下へ降りました。

正面から天守閣をパシャリ!石垣は往時のものが残っております。

実は浜松城を訪ねるのは初めて…以前より訪ねてみたいお城さんでした。

(それにしても風が強かったです。浜松は風が強いお土地柄なのかな…

 家康は最後江戸から駿府(静岡)へ移りましたが、浜松に来なかったのは

 この風も理由のひとつかな…とも思いました…あ、ひとりごとです!)

さぁ浜松駅へ戻りますか。広場にもお城の歴史を紹介する案内看板がありました。

家康は浜松城に16年間居られたようですね。

三方ヶ原の戦い…本当はどのような戦いだったのでしょうね…。

往時のお城のイメージ図もありました。これは攻めづらいでしょうなぁ~。

江戸時代の城割図もありました。本丸の跡地に浜松市役所が建っているのかな…。

三方ヶ原は以前訪ねたことがあります。合戦跡の記念碑があったなぁ~。

井伊家の発祥の地、井伊谷(いいのや)を訪ねる道中に寄ったのです。

(またいつか機会がありましたら、ご紹介したいと思います~♪)

さぁ日も落ちましたし、そろそろ駅へ戻りますか。

東海道新幹線で浜松を通るときに「浜松城、見たことないなぁ…訪ねたいなぁ…」と

いつも思っておりました。今回、やっと訪ねることができました。

いいお城さんでした。本日はありがとうございました!

浜松城を紹介するHPはこちらです。よろしければご覧ください。

(今年は大河ドラマもありますので、賑わいそうですね!)

www.entetsuassist-dms.com

浜松駅から再び東海道線で東京を目指します。

しばらくすると外は真っ暗になりました。1月ですから…日の落ちるのも早いです。

今日も色々歩いてお腹が空きました。

沼津駅のひとつ手前の片浜駅で途中下車。

今宵の晩御飯は沼津魚がし鮨さんで…遅めの時間でしたので、すぐ入れました♪

まずは熱燗で乾杯♪ 身体が温まりますなぁ~。

アテはなまこ酢さんで…コリコリして美味い!

あん肝さん♪(お口の中がトロットロになります~)

メニューにさざえの文字が…これはチャレンジですね!(美味しゅうございました)

寒ブリさんに…

駿河産のウナギさんー(今日はよく歩いたからパクパク食べてしまいました~)

〆は鉄火巻さんと…ワタクシ、ガリを巻いて食べるのが好きです。

あおさ汁さんで…いやぁ~お腹いっぱいであります。

 

食後に浜辺を訪ねました。駿河湾はお昼にはたまに来ますが、夜に訪ねるのは初めて。

街の明かりはありましたが、星がよく見えました。

堤防に座ってぼぉ~と海を、そして星を眺めていました。

星がいっぱい…カシオぺア、北斗七星、北極星…久しぶりに見ました。

オリオン座も普段よりくっきり見えました。

きれいですね~酔いも落ち着いてきましたし、そろそろ行きますか。

(東京への電車の時間が少し気になってきましたので…フフフ♪)

 

その後、沼津、熱海で電車を乗り換えておうちに着いたのは日が替わった頃でした。

早朝6時頃に出て、ほぼ18時間の旅。

ふらりと名所史跡も訪ねることができて、楽しかったです。

2日間の駆け足の旅でしたが、いい思い出となりました。

旅はいろんな出会いと感動をいただけますね…皆様に感謝申し上げたいと思います。

(駆け足の反動で、その週はグダグダになってしまいましたが…😊)

 

今回も写真が多かったですが、最後までご覧いただきまして、

本当にありがとうございました。

いやぁ~旅に行きたいですね…旅は心身ともにリフレッシュさせてくれますから。

また機会がありましたら、旅の思い出をご紹介したいと思います。

 

今日はふらりと出かけた関西の旅、2日目の思い出を懐かしんだ一日となりました。

 

ではでは!

最後までご覧いただいてありがとうございます! お礼申し上げます!!  

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