まだ6月なのに、夏のような暑さが続いていますね。
沖縄や奄美では早い梅雨明けとなり、何だか1ヵ月ぐらい季節が前倒しになったような
気がします。
関東もなんと本日、梅雨明け宣言が出てしまいました!
今年も暑~い夏がやってくるのでしょうねぇー♪
コロナも少し落ち着きを見せていますので、この夏はあちらこちらへと旅行する
チャンスかもしれませんね…。
「あぁ…どこか遠くへ旅に行きたいなー😊😊」
はい、そんな気分のときは以前訪ねた旅の思い出を振り返るのが一番!
…ということで、久々となりますが、昔に旅した思い出をご紹介いたします~😊
今回は東京から京都を経由して、兵庫県の竹田城を訪ねた思い出になります。
雲海に浮かぶ天空の城としてファンの多いお城さん。
ワタクシも前々から、一度訪ねてみたいと思っていました。
(訪ねたのは3年ほど前の夏でした。竹田城は城跡の傷みが進んで保存が難しく、
史跡維持のための工事がよく行われていますので、ご紹介する内容は現在の状況と
異なるところがあるかもしれません…なにとぞご承知おきいただけましたら…♪)
~~ここから~~
お城ファンの方だけでなく、雲海の中に浮かび上がるお城としても有名です。
日本100名城にも指定されています。
ワタクシ、前々から行きたい!と思っていました。
大阪で仕事をしていたときはすぐ近くだったのに…結局、お城を訪ねたのは
東京へ引っ越した後、今から3年前のことでした。
(今でもなぜ大阪に住んでいた頃に訪ねなかったんだろう~と不思議に思っており
ます…テヘヘ♪)
まずは東京から新幹線で京都へひとっ飛び!
京都駅での乗り換えの合い間に、京都タワーを1枚パシャリ♪
(夜はライトアップがきれいですよねー)
京都駅0番線ホームもパシャリ♪ とっても長いホームです。
それにしても京都駅もずいぶんと綺麗になりました…
0番線ホームを通って、山陰線のホームへ向かいます。
特急きのさき号に乗って、途中の和田山駅まで向かいます。
(今回はちょっと奮発してグリーン車をチョイス♪)
グリーン車の片側2席&1席の配置はすっかり定着した感があります。
京都といえば八ッ橋…小さいサイズのこたべをお供に…列車は進みます。
山陰線は車窓が素晴らしいのです。特に保津峡から綾部までの間は渓谷沿いを
列車は駆け抜けていきます(迫りくる谷に感動することしきり…)。
⇒ずっと見とれていて写真を撮るのを忘れてしまいました!久しぶりだったもので…♪
京都から和田山まで特急を乗り継ぎ2時間弱。和田山で播但線に乗り換えます。
和田山の次の駅が竹田駅です。その名のとおり、竹田城跡の最寄り駅となります。
(こちらの地図は朝来市さんのHPよりお借りしました)
竹田城跡は山の上に築かれたお城です。
お城までは車で上がるか…それとも歩いて登るか…。
バスもあるそうですが、ワタクシはいつも歩いて登るタイプ!ということで、
駅裏からの登山道から山上へ向かうこととしました。
登山道はところどころ舗装されていたり…
石がゴロゴロ…まさに登山道だったりします。
ちょっとしたハイキング気分だと思ったのは最初だけでした。
登山道…と名前が付いているとおり、めちゃめちゃ急でした。
サクサク行けるかな…と思っておりましたが、所々で休憩しないとしんどいです。
(さすがに一気には登れませんでした~😊😊)
30分ほど歩くと石垣が見えてきました。もうちょっとで頂上です。
石垣の先に空が見えて…「あ、着いたぞ!」と感動しました♪
竹田城跡は入口と出口が分かれています。
駅裏登山道をちょうど登り切ったところが入口です。
入口にある事務所で観覧料500円を支払って、入城です♪
(出口は城の一番南側になります)
ではお城跡を巡りましょう!
いきなり絶景が広がります。こちらは姫路方向…いい眺めです。
眼下に竹田の街並みが見えます。ここを登って来たのですね。
(そりゃ急なわけです…結構息が上がったぜぃーワタクシは30分ほどで登りましたが
パンフレットなどでは「頂上まで40分」と書かれています…みなさま、どうか
ご無理なさらず、ゆっくり行きましょう~♪♪)
和田山の方角を眺めて…朝は曇っていましたが、晴れ間が見えてきました。
(ワタクシ、どちらかというと晴れ男なので…えへへ♪)
石垣が往時のまま残っています。こんなに立派な石垣が残っているとは思っていません
でした。
訪ねたのは夏でした。木陰で休んでおられるお客さんも多かったです。
お城周りをぐるっと360度、眺めてみましょう~いい眺めでありました。
高速道路が走っていました。ローマの水道橋みたいですね…
この城を落とすのは大変だったのではないかなぁ~絶景を眺めながらそう思いました。
竹田城がいつ頃作られたのか…実はよくわかっていません。
1443年頃に但馬国の守護であった山名宗全(応仁の乱で西軍の総帥を務めた方
ですね…)が築城し、その重臣の太田垣氏が城を治めたという記録もありますが、
口碑で伝わっているお話で、正式な記録ではないそうで…。
竹田城は但馬国と播磨国の境に位置することから、攻めたり攻められたり…と
戦に関わる(巻き込まれる?)機会も多かったことでしょう。
やがて戦国時代末期、羽柴秀吉の但馬攻め(1580年)に伴い竹田城は落城、
山名氏、太田垣氏による統治はここで終えることとなります。
秀吉は桑山重晴を竹田城の城主に据えましたが、5年後に重晴が和歌山へ転封した後、
この赤松広秀が城郭を現在の規模に拡充、整備したと言われています。
赤松広秀は関ヶ原の戦いで西軍に属し、その後(名誉挽回を兼ねて?)東軍の鳥取城
攻めに参加しましたが、鳥取城下の大火の責任を負わされ、切腹することとなって
しまいました(西軍に属したので、難癖をつけられたのかも…勝手な想像ですが)。
1600年に竹田城は廃城となり、結局赤松広秀が最後の城主となりました。
では城内を散策しますか。まずは二の丸跡へ向かいましょう。
立派な石垣です。山上にある石垣を維持保存するのは大変なご苦労があることと
思います。
石段も当時の姿を残しています(しっかりした石段…石段の幅も広かったです)。
来た道を振り返って…往時は門もあったのかな…どんな門があったのかな…
そんなことを想像するのも楽しいですね!
さぁ、二の丸に着きました。ベンチが置いてました。ちょっとした気遣いが嬉しいです
天空を眺めるベンチ…でしょうか(フフフ)。
ベンチの先から下を見ると…当時も竹田城下はこのような風景だったのでしょうか。
みなさん、ゆっくり登ってこられて…夏の暑い日ですと汗だくになりますね♪
姫路方面を…播磨からの軍勢はこの谷間を抜けてやってきたのでしょうね。
ほんとに往時のまま…立派な石垣です。良く残っていますね。
以前はそばまで近づくことができたそうですが、石垣の崩落を防ぐために、
柵を設置することとなったそうです。
ズームアップ!びしっと隙間にも石を詰めてます。
(近江の穴太衆が得意とした「穴太式」ではないか…と言われています)
では更に進んで…次は本丸へと向かいましょう。
(正面に天守台が見えました)
雲海に浮かぶ城として話題となり、城を訪ねる観光客が急増し、土砂が流出する、
石垣が崩れる…といった危険が増しました。
そこで朝来市さんが安全対策も兼ねて、この階段を設置したのだそうです。
危険な場所にはロープを張り、今も立ち入りは禁止されています。
(山上の、これだけの規模の城を保存するのは大変なことです。お察しいたします)
天守台に着きました。凄い眺めです。
思わず「わぁぁー」と叫んでしまいました😊
確かに東洋(日本?)のマチュピチュと呼ばれるだけはあります。
このようなお城をワタクシ、これまで見たことがありませんよー♪♪
更に南側の「南二の丸」「南千畳」と呼ばれるエリアをパシャリ♪
確かにマチュピチュっぽいかも…。
(ワタクシ、本家のマチュピチュには行ったことがないもので…いつか行きたいなぁ♪)
振り返って先程までおりました二の丸を…当時は重機もないのに、よく作ったなぁ~と
思います。戦国時代の土木技術の水準の高さには驚かされます。
こちらは西側の花屋敷跡。ワタクシが訪ねたときは立ち入り禁止となっていました。
(今も立ち入り禁止なのかな?)
どうやってここまで…こんなに大きな石を運んだのでしょうね。
今では緑に覆われて…映画のラピュタの世界を思い出しました…。
(今にもロボットがガシャンガシャンと現れそうな雰囲気でした…♪)
立派な史跡ですね。城跡の維持保全の一環として敷地内の通路も整備されました。
確かに触ると、ガラガラと崩れてきそうな雰囲気でした。
とても晴れた…夏空でした。空が近く感じました。
最後に南二の丸、その先の南千畳と呼ばれるエリアへ向かいました。
南二の丸より南千畳を眺めて…確かに「千畳」と呼ばれるほどの広さがあります。
当時、こちらにはどのような建物があり、どのように使われていたのでしょうね…
(そんなことを想像するのもちょっと楽しいです)
天守台を振り返って…
石垣の迫力が凄かったので…何枚も撮ってしまいました。
(角を綺麗に切り込んでいるなぁ~と感心しておりました)
マチュピチュにもこんな風景がありそうな気がします♪
それにしても凄い石の量です(どこから持ってきたのかな?)。
なぜ竹田にこのような規模の城が必要だったのでしょう…不思議に思いました。
それでは南二の丸から南千畳へ向かいましょう!
虎口も往時のままとなっています。
本丸方向を振り返って…ここを駆け上がって攻めるのは大変かも。
時々振り返りながら、歩いていきました。平日に訪ねたので、観光客は少なかったです
こちらが南千畳です。本丸方向を眺めて…結構広かったです。
(どのように使われていたのでしょう…いろいろ想像してしまいます~)
天守台をズームアップ!先程まであそこにいたのですよね♪
南千畳から姫路方面を…絶景でした!
敵が来てもすぐわかりますね。
眼下に竹田の街並みが見えました。
南千畳全体を写して…さぁ、そろそろ麓へ下りますか。
本丸全体をパシャリ♪ほんと東洋のマチュピチュだなぁ~と感動しておりました。
南千畳の下にも城を支える立派な石垣が残っていました。
南千畳を下ると、出口に着きます。竹田城跡は一方通行となっています。
この道を上っていくと入口の事務所があります。では下りましょうか。
出口から道を下ってすぐに分かれ道となります。
車は右へ、人は左へ…表米神社登山道へと続きます。
ということで、徒歩のワタクシは表米神社登山道を降りていきます。
勾配は結構急です(コケないようにしないと…特に雨の日は要注意です😊)
道中にて。樹々はよく手入れされているようです。
炭焼き窯跡もありました。廃城となっても、人々はこの山をずっと大切に守ってきたの
デスネ!
麓が見えてきました。登山道と呼ばれるだけあって、急な道です。
(しっかり足元を見ながら、降りて行きました)
下から見上げるとこんな感じです。こちらから登っても大変だったことでしょう!
おや?柵が…登城時間は季節によって異なります。(時間を過ぎるとカギがかかる!)
雲海が見える時期、朝の開門は早いようです。冬は入山禁止の期間もあるのですね…。
麓の表米神社まで降りてきました。神社の敷地には相撲桟敷がありました。
敷地内にはお池さんも…綺麗な湧水でした。
イモリさんかな…池にたくさんいましたね。
(写真がちょっとボケててすみません~もうヨロヨロでしたので!)
サワガニさんも…元気にしゃかしゃか何匹も動いていました!
表米神社さんの本殿です。最後にお参りしました。
(本日は大変お世話になりました!)
集落へ向かう参道を下って…
鳥居から本殿の方向をパシャリ♪
播但線の踏切を超えた後、山上のお城方面を眺めて…あの上まで登ったのですね!
(もう汗だくでありました…)
街中のお好み焼き屋さんで遅めのお昼をいただいた後、駅のホームで次の列車が
来るのを待ちました。
(あっ、お好み焼きを撮るのを忘れた!…すみません~お腹空いていたので♪♪)
駅のホームに雲海に浮かぶ竹田城跡の写真が飾られていました。
(竹田城跡の真向かいにある立雲渓(りつうんきょう)は雲海の撮影スポットとして
も有名です。雲海の時期には立雲渓から撮られる方も多いようですね)
幻想的な写真でした。東洋のマチュピチュ…とも呼ばれていますが、
ワタクシには天空の城ラピュタの風景を思い出させるものでもありました…。
朝に通った駅裏登山道の入口が見えました。あそこから登っていったのですよね~😊
竹田城は記録があまり残っていないこともあり、当時どのように使われていたのか、
よくわかっていないそうです(これからの発掘、研究が待たれますね♪)。
城は標高353mの山上に立っており、その規模は東西約100m、南北約400mに
も及ぶ壮大なものです。
山頂までは険しい道が続きますが、登り切ったその先には絶景と往時を偲ぶ石垣群を
始めとした史蹟が出迎えてくれます。
山登り、楽しかったです。いやぁ~今回もかなり歩きました!汗だくで…いい運動と
なりましたが、思い切って訪ねて良かったです。
また機会があれば、今度は雲海の季節に訪ねてみたいです。
(バスや車でも登れますので、機会がありましたら是非…オススメいたします♪)
最後に朝来市さんのホームページをどうぞ。ワタクシも参考とさせていただきました。
今回はまるっと竹田城跡のご紹介となりました。
写真もたくさんありましたが、最後までご覧いただき、ありがとうございました。
実はこの後もワタクシの旅は続きます。
竹田城跡を訪問した翌日は、奈良県の榛原から飛鳥へ…万葉集の故地を訪ねました。
そのお話は後日改めて…ご紹介したいと思います♪♪
(みなさま、しばしお待ちくださいませ~😊😊)
今日は但州竹田城を訪ねた思い出をご紹介した一日でありました。
ではでは!
最後までご覧いただいてありがとうございます! お礼申し上げます!!